真実を語ること。
この十五日で終戦から六十九年。
そのうちの五十五年を生きた私。
今思うと、
アタシが生まれたのは終戦から・・たったの十四年後だったのか。
現在、戦争を体験し、知る者達の高齢化が進み、その存命も減少しているという。
それを踏まえれば、八十代、九十代で戦争の体験を語るというのも無理になっていると思われる。
話は変わるが、
先日、二十九年前に墜落した日航機の番組があった。
初めて生存者のお一人が事故機内の墜落までの様子をご自身の言葉で証言してくれた。
今まで色々な検証番組が造られていたが、それとは少し違っていた。
実際、激しく上下左右・・ダッチロールと呼ばれる状況での飛行時の
本当の客室機内の様子はすさまじいものだった。
その中で、周りに気遣い、手助けする乗客もいたというが・・。
墜落を避けるための操縦士達の必死なまでの戦いはブラックボックスが
明らかにしてくれている。
しかし、客席にはブラックボックスのようなものはない。
ゆえに、客室がどんな状況だったかは、その場にいた人にしかわからない。
今回、生存者からの証言で激しい機内の様子、尋常ではない揺れ、動きに
嘔吐するものや気を失っている乗客も多々いたようだ。
とても残酷な言い方かもしれないが、気を失っている人が多々いたとしたら、
もしかしたら墜落の絶望的恐怖を気を失うことで避けられた方もいたかもしれない。
筆舌耐え難いつらい事故だったが、その中を生きて、生き抜いて・・
その真実を語ってくれることの重要性も強く感じた。
つまり、これと同じでリアルな戦争体験者に語っていただくという事は
とても意味があるんじゃないかとアタシは思う。
記録にとどめるとか・・そういう事も大切だろうし、するべきだろう。
しかし、目の前にいるその人の生の言葉で語られることに意味があるような気がする。
そんなことを思った終戦記念日。合掌。